幻花
坂東三十三箇所観音霊場の第十五番札所
白岩観音を目指し
高崎の街から北西に向かって歩きだしたのは
秋の彼岸の土曜日の午後
市街地を抜けるあたりから雨になったが
降るとも言えぬほどの小糠雨で
空は歩き始めた時よりかえって明るくなっている
ゆるゆると歩いていくと
左手に灌漑用の池が見えてきた
道端に池の竣工を記念して建てた碑がある
その周りの草むらに
見覚えのない花が
沈んだ薄紫色の光を放っている
近づいてよく見ると花ではない
俗にネコジャラシと呼ばれる
あの どこにでも見られる野草が
穂の細い毛の一本一本に
砂時計の砂粒ほどの水滴をびっしりと付けており
その微小な水滴の集まりが
薄い雨雲を通過してくる陽の光を反射して
鈍く輝いているのだった